
イタリアの紹介 I
みなさま、日本とイタリアといえば、何を思い浮かべられるでしょうか?
パスタに代表される美味しいお料理、ワイン、チーズ、芸術、ダビンチの絵画、ミケランジェロの彫刻、演劇、オペラ音楽、詩、建築、映画、ファッション、洋服、バッグ、宝飾品、観光では青い海、美しい山、温泉、ミラノの大聖堂、ローマのコロッセオ、アマルフィやアドリア海の海岸・・・工業デザイン、車、飛行機・・・
あげ出したら枚挙にいとまがない程に文化が深く、私たち日本にとって近しい存在の国ですね。

イタリアはとても魅力的で私たち日本にはとても馴染みの深い国のひとつ。
スパゲッティやカルパッチョなど、すでに家庭料理の中にしっかり定着していたり・・・

そんなイタリアの魅力を文化交流を通してイタリアとの絆を大切にしてきたIAC(国際芸術家センター)ならではの視点で掘り下げていきたいと思います。
どうぞ今までとちょっと違ったイタリアと、日本との接点を発見しながら読んでみてくださいね!
イタリアは国としても、芸術、工業、観光、食、、、本当に奥深い深いため、とても一回ではご紹介し切れるものでありません。
ですので何回かに分け『不定期のシリーズもの』としてこれからも情報を発信していきますので、どうぞお楽しみに。
今回はイタリアの親善団体『コーリ旗手団』とIACとの関わりを中心に、深掘りしていきたいと思います。
イタリアとIAC国際芸術家センターとのかかわり

コーリ地区の合唱団イベント写真展のオープニングセレモニーの様子
IACはこの使節団やイタリアとの関わりがとても深いのです。彼らはイタリアの文化使節団「コーリ旗手団」という親善を目的とした旗手団です。
IACではこの「コーリ旗手団」と長きに渡り大変良好で重要な関係を築いているのです。
ではイタリアのコーリ旗手団とは一体どんな団体なのでしょうか?これからIACとの様々なエピソードも交えてお話しして参りましょう。
IACとイタリア 交流の始まり
イタリアとIACの交流の始まりは、1993年以前に遡ります。

伝統の装束を纏うコーリ旗手団
中でもイタリアの「コーリ旗手団」というイタリアの親睦使節団とIAC国際芸術家センターとの強い繋がりと絆は、お互いの強い信頼関係で長きにわたり培われてきました。
私たちIACはこのコーリ旗手団を何度も日本各地へ招聘コーディネートし彼らの親善来日及び日本でのイベントを成功に導いています。

東京トリトンスクエアにて
日本国内の博覧会やイベント、さらには各種学校訪問などで素晴らしい文化使節の役割も果たしているんですね。
「コーリ旗手団」とは、イタリアのコーリという都市に発生した親睦使節団です。
では、イタリアの「コーリ旗手団」とはどんな団体なのか?どんなことを担って活動されているのか、まずはご紹介していきます!
コーリ旗手団とは?
コーリ旗手団とは現在、イタリア文化使節の文化親善の象徴のような存在としての役割を担っています。
大きくコムーネ(都市)の衣装や紋章を縫い取った衣装と大きな旗をチームで持ち鼓笛隊などのリズムと音楽に乗せ踊り行進し、途中旗を投げ合い受け取り合ったりしてパフォーマンスを行う使節団です。
皆さんもどこかで見たことあるのではないでしょうか?
彼らは主に10代から30代までの少年や青年で構成されていて、旗手団員は街での伝統技術保持者として大変な尊敬を受けています。
地域文化や伝統工芸をはじめ、町の歴史、衣装、音楽、演劇など文化的な伝統を学ぶ機会も多く、教育的役割をも担っている存在なのですね。
観光、地域振興、親善のために世界中の様々の国に呼ばれればすぐに駆けつけ、伝統の技を披露し、現地の人々とまずは親善を図る存在です。コーリ町の旗手団として、コーリの町のひいてはイタリアの名を高め広めることにも貢献。
コムーネ(都市)として発展したイタリアならではの親善方法です。
イタリア国内においては、観光客へのアトラクションをショーとして披露することも多いようです。

コーリ旗手団
コーリ旗手団は鼓笛隊を伴って、とてもアクロバティックなパフォーマンスを行います。
旗を空高く投げ上げて受け取る姿はとっても壮観!
コーリの街とコーリ旗手団の歴史
イタリア中東西部に位置する小高い丘の上に位置するルネッサンスの街並みも残す古都コーリ。
古くはCoraと言いローマ以前のラテン人の都市国家「ラティウム」の都市として紀元前7世紀頃からすでに栄えていたようです。
中世ヨーロッパの中でも特に早くに都市化(コムーネ)を確立していったイタリアにおいて、軍事サインとして旗振りに意味を持たせて情報の伝達を行う手段として使用されていました。
特に中世において高い城壁に囲まれた都市内での戦いでは外にいる味方に援軍を要請したり、情報を伝達するサインとして、合図の旗を高く投げ上げたり高く振り上げる必要があったのです。
そこで旗を空高く投げ上げて受け取る、というステイルが出来上がりました。その姿はとっても壮観!どちらかでご覧になった方もいらっしゃるのでは?
このように旗を巧みに扱う技術はやがて太鼓やラッパを伴奏に華麗な芸能へと発展継承されてゆき現在に至っています。
イタリア各地に残る旗手団の中でもコーリ旗手団は世界各地でこれらの妙技を披露する親善旗手団として特別な役割を担っているのです。
現在のコーリの祭,街,旗手団

コーリ都市でのフェスティバルの様子
そんなコーリの街では毎年夏、「カルセッロ・ストリコ」という年2回開催されるお祭りがあります。開催日は6月の最終日曜日と7圧の最終土曜日。
このお祭りの起源はコーリ旗手団の起源ともリンクしていて、古い資料によれば・・・
『15世紀「Statut」※(まちの条例、規則)の中に若者が「panno e conbanderra」(布と旗)を持ち着てローマのスタッチョの競技参加した』という記述があります。旗を持つこと、あるいは旗を掲げて行進すること自体が、この頃から行われていたようです。(Quotidiano la Voceより)
※ローマのスタッチョ競技とは
13世紀から14世紀にかけイタリアフィレンツェで生まれたもので、現代のサッカーやラグビーの起源になっている古代のフットボールのような競技。楕円形のボールを持って敵陣へ運ぶことを目的にした競技。
次にしっかりした資料として確認されるのが、近年1937年に『Carosello Storico Rioni di Cori』(コーリ町の歴史的練り歩き)という、歴史行列が町の祝祭行事として復活された、という記録が残っているようです。
16世紀風の旗振りや行列を組んで、コーリ町の伝統を復活させたのが、このコーリ旗手団なのです。
祭り行列は16世紀の当時の衣装を身に纏った4つのグループ総勢 約400人で構成されています。
この行列にはコーリ旗手団を先頭に独特のパフォーマンスで時代行列を引っ張り先導していくのです。
続いて、騎馬隊、執政官、裁判官、兵隊たち、さらに付き添いの少女たちとステイタスを持つ貴族も加わります。
行列の練り歩きに続いてラッパの合図で中世の騎士による馬上試合が。一番多くのアネッロ(輪っか)をもぎ取ることを競うもので、街のお祭りでありながらコーリ周辺のみならず、イタリア国内外からも観戦に訪れる熱狂的なファンの応援で盛り上がるのです!これはのちにフットボール、サッカーやラグビーの起源となったという説も。

コーリの街
古都コーリはレピーニ山脈の麓にあり、レティニア海にも近く内陸と海岸部を結ぶ交易交通路上にありました。
温暖で乾燥した気候と火山性の土壌が葡萄栽培に適しており、ローマ時代からワインの生産地としても有名でした。
交通の利便性もあって多くがローマ市内へ、またアンフォラという素焼きの壺に詰められローマのみならず国内外へ供給されていたようです。
地元産の美味しいワインと郷土料理でコーリ旗手団の馬上試合後の興奮もそのままに祭りの夜は空けてゆきます。

コーリ都市の旗
赤地に金のライオンを描いてありますが中にはハート型に抜かれた心臓が。
地元の観光案内では1440年頃アンヌンティアーツァ礼拝堂の外壁に「赤いハート付きの金のライオン」がいるとも説明されるようです。実際に「ハートを意味する(cor, cordis)」はラテン語で「心」を意味するので語呂合わせ音あわせとしてハートを用いた可能性も。

コーリ都市の紋章
コラム
コーリ旗手団とのエピソード
金屋輝美の思い出/現IAC国際芸術家センター代表理事
コーリ旗手団は、私が国際芸術家センターで初めて手掛けた海外からの文化使節です。
そのため、思い入れがどの団体よりも強く、それは彼らにしても同様でしょう。
初来日から30年以上のつきあいで、世界各国と交流している彼らをして、日本のIACが一番信頼できるというこの言葉以上にうれしいことはありません。
他の国の文化使節は、来日に際してその国の在日大使館が窓口になり交渉して進めることがほとんどですが、コーリ旗手団については、国際芸術家センターと旗手団が直接連絡を取りながら進めることで、どの文化使節よりも迅速にまた、本音も言い合えます。だからこそ、複数回の来日が可能にもなったのだと思います。
初めての招聘
32年も前のことなのに、この初来日のエピソードの数々は、その後の来日よりもずっと鮮明で、いくらでも話せそうです。
初めての招聘は1993年で、今から考えるとお互いに手探り状態でした。

荷物の量(旗・衣装・楽器(太鼓、トランペット)が想像以上に多く、成田に到着から広島への新幹線移動を含め、列車での移動は大変でした。
陽気な彼らが新幹線の中で歌を歌い出した時には、私は本当に他人の振りをしたかった・・・(笑)
もちろん、歌を止めさせましたが、しばらく時間が経つとまた誰かが歌い出すという・・・
他の乗客の非難の目が私に突き刺さりました。
水戸に向かう電車では、メンバーの一人がカメラを電車に置き忘れました。もちろん、ここは日本、ちゃんとカメラは戻ってきて、彼らは日本の国に大感激。

そして悪いことにそれからは、置き引きなど日本では無縁とばかりに、荷物の管理が甘くなり、私は学校の先生のように注意して回りました。
当時は、まだ携帯電話は普及していなくて、国際電話が掛けられる公衆電話から彼らは度々イタリアに電話していました。
イタリアにいる家族にとっても日本は遠い国だったのでしょう。
当時、まだテレフォンカードが使われていた時代で、使用済みのテレフォンカードが電話ボックスに残されていたら、その争奪戦でした。
カードの表面の写真やイラストがどれもきれいなことにびっくりして、滞在中に集めまくっていました。それを見て私は水戸でも広島でも受け入れ先に使用済みのテレフォンカードの提供をお願いしました。

コーリ旗手団とIACとの懇親会
また、箸についてですが、初来日のメンバーは箸が使える人はほとんどいませんでした。それが1週間の滞在中に少しずつ練習して、箸使いが完璧になったのには、びっくりしました。何よりも、食事中だけでなく、四六時中、箸の稽古をしているのにもびっくりでした。何事もとことんやりたい人たちなんだと妙に感心してしまいました。
東京オリンピック2020を前に
そんな彼らでしたが、2018年に招聘した時は、箸が使える人たちも多く、それだけ、イタリアでも日本食がかなり広まっているであろうことが想像できました。
また、英語に関しては、初来日のことは英語が通じるメンバーがあまりいませんでしたが、今や大学生くらいのメンバーはほぼ完ぺきに英語が通じ、ヨーロッパでのイタリアの立ち位置が想像できます。
コーリ旗手団からのご招待/イタリアへの旅
個人的なお話しですが、私は2003年に彼らに招待されてCoriを訪問しました!
飛行機のチケットも彼らが負担してくれて。
1週間くらいの滞在でローマやフィレンチェにも連れて行ってくれました。
本当に素晴らしい思い出です。
日本におけるイタリア年 2001年

日本におけるイタリア年 『ラプリマヴェーラ』が 日本の国旗 日の丸を抱く様子が美しいメッセージ
2001年の来日の「日本におけるイタリア年」は大変大きなイベントでした。これに関してのコーリ旗手団の手配は、大手のイベント会社がうけおっていました。
この時、団長のジャンカルロは私に「国際芸術家センターが招聘責任者でなくて残念」ということをわざわざ伝えてきてくれました。
私は、その気持ちだけでうれしかったのを覚えています。
そしてイベント準備が進み、来日が近づくにつれて、その手配の会社と旗手団とのコミュニケーションにすれ違いが生じたようです。
コーリの団長は「国際芸術家センターを日本側手配の協力として入れて欲しい」と強くお願いしたようで、来日直前にバタバタと国際芸術家センターが協力することになり、滞在中もずっとアテンドをしました。
IACとコーリ旗手団との絆
あれやこれやと今、この30年間のことを思い出しています。こんな人たちに巡り合えたことは、本当にうれしいです。
初来日メンバーの息子たちは既に何人か来日を果たしています。次の来日では、孫の代が来ないかと楽しみにしています。
コラム・金屋輝美
(現IAC国際芸術家センター代表理事)

日本におけるイタリア年記念切手2001年 『受胎告知』
2026年日本イタリア国交樹立160周年
来年2026年はなんと、日伊国交樹立160周年にあたります!
2国間で記念事業が民間でも公の機関でも様々な盛り上がりを見せています。
2025年の春からは大阪万博を皮切りに、様々なプレフェスティバルやマーケットが、六本木ヒルズやマーケットなど日本各地において行われました。
今年の万博後、2025年秋〜来年26年春に向けてのイベントも情報が入り次第ここにアップして参りますので、お楽しみに!
コーリ旗手団の招致依頼コーディネート
イタリアとの160周年記念イベントを開催予定の地方自治体、民間団体、フェスティバルや祭典
それらのイベントや式典を彩るため、『コーリ旗手団』の招聘をご検討で、ご依頼やご相談などがありましたら、まずはこちらまでお問い合わせください。
IAC国際芸術家センター
件名に「コーリ旗手団招致検討相談」とご明記下さい。
https://iactokyo.jp/contactus/
今までの実績とコーリ旗手団との長きにわたる信頼関係で、メディアへの露出や話題性もさる事ながら、素晴らしいイベントやオープニング、キックオフイベント、並びに祝賀会をきっと成功に導くことでしょう。

国際芸術家センターとイタリアの軌跡 年表
・1963年バロック音楽研究会を、イタリア文化会館と共催
・1977年6月5日〜9月2日の約3ヶ月日本民族舞踊団(現ODORI JAPANの前身)が国国際交流基金の助成を受けヨーロッパ7かこ訪問公演。イタリア国内も8都市、スポレト、モデナ、パルマ、ピサ、テルニ、ペスカーラ、フェラーラ、チェジュナにて公演を敢行。これにより国際的評価が高まる。
・1986年5月フロリダのディズニーランドで共に公演を行った日本民族舞踊団とコーリ旗手団が知合い、日本に呼んでもらいたいと要請を受ける。
・1993年5月広島フラワーフェスティバルへコーリ旗手団を招聘、共に参加。広島平和公園慰霊碑に献花。同月水戸フェスティバルにも共に参加。
・1995年〜2025年現在まで、広島では必ず平和公園で慰霊碑に献花してくれます。
彼らから初めて聞いたのが、ローマでは毎年広島の原爆犠牲者の慰霊の式典を毎年実施していて既に30年になるとのこと。今年も開催されました。日本人としてぜひ知っておきたい心の絆を感じる行いに、深く感謝いたします。
https://www.it.emb-japan.go.jp/itpr_ja/20250806_hiroshima80shuunen_jp.html
・1996年広島商業施設のオープニングパフォーマンスへのアテンドと参加。広島市立本川小学校でパフォーマンス&小学生と親睦交流
・1997年7月仙台ゆめ博覧会参加のアテンドとコーリ旗手団のパフォーマンス参加
・1998年10月大阪府と大阪ガス主催のイタリアフェアへ参加。大阪市内の小学校訪問親睦。サッカーティームセレッソ大阪の試合でパフォーマンス
・1999年11月和歌山県 南紀くまの博覧会参加、田辺市もろみ保育所訪問
・2001年「日本におけるイタリア年」参加@東京トリトンスクエア晴海
・2018年6月在日イタリア大使館ナショナルデーのレセプション参加
・2018年IACの東京オリンピックホストタウン協力事業開始(イタリア以外にも数カ国)
・2018年「東京京オリンピック2020」におけるイタリアチームの事前キャンプ地として登録された埼玉県所沢市を、国際芸術家センターの働きかけにより、コーリ旗手団が訪問しパフォーマンスすることで、大変な脚光と親睦を図り、国内外のメディアで大きく取り上げられる。

毎年ローマで行われている原子力爆弾被害者追悼記念式典 2025年の今年も厳かに行われています。
イタリア関連最新情報
🇮🇹開催計画予定
・『天空のアトラス イタリア館の至宝』展
万博での長蛇の列や抽選に外れてしまった方朗報です!
今回の万博でイタリアの至宝が数多く出店されていたのはご存知だと思いますが、会期終了後になんと!場所を移し、公開展示される事が決定しました。予約は必要で入場料はかかりますが、ほとんどはイタリア国内でしか見ることのできない貴重な絵画や手稿ばかり。この機にぜひ本物を!
大阪市立美術館
10/25(土)〜1/12(月祝) / 9:30〜16:30迄(入場可)
詳細はこちら!

・イタリア・コーリ旗手団 2026年日本イタリア外交160周年記念公演 など
※決定次第お知らせ予定
今年行われていた(終了済み)イベント
今年2025年は春には開催10周年を記念し東京六本木ヒルズアリーナで『Italia, amore mio! 』
5月にはイタリア映画祭も東京銀座で行われました。
イタリアの基礎情報
イタリア共和国になったのは1946年。
ヨーロッパにおける古代文化の発祥地でもある。
現在ユーロ圏では、文化、観光、経済とも先進国であり、ドイツ、フランスに次ぐ第3位の経済規模の経済大国です。
公用語/イタリア語
人口/59,342,867人
貨幣/ユーロ
イタリア共和国
国名の由来には定説はない。一般的な説として、
紀元前6世紀ごろに南イタリアのカラブリア地方で子ウシ(ビタリ)をトーテム像として崇拝していた原住民に由来するといわれる。
彼らはビタリ人と呼ばれていたが、その後ビタリがイタリアに変化し、その呼称がローマ人に受け継がれ、現在のイタリア半島に住む人々を指すようになった。出典wiki
2026年に向けた新情報
イタリアは国としても、芸術、工業、観光、食、、、
まずは第1回IAC国際芸術家センターとの関わりをメインにご紹介しました。
これから何回かに分け不定期でシリーズ化していきます。
新たな情報も都度、発信していきますので、これからもどうぞお楽しみに!

活アサリと白ワインのボンゴレビアンコ

フレッシュトマトのグリル焼きとブッラータチーズのブルスケッタ風熱々チャパタ
Written by Akiko Obata 2025.10.8





