昼下がりの領事Vol.4 在大阪スロヴァキア共和国名誉領事館

レポート

 

スロヴァキアで時代を先取り  -在大阪スロヴァキア共和国名誉領事館-

大阪で開催されたある音楽文化交流イベントに参加した時のことです。演奏される曲目リストを見て驚きました。

-スロヴァキアのタンゴ-

かつてアルゼンチンのタンゴ選手権に出場するほどタンゴに惚れ込んでいた筆者にとって、タンゴといえばアルゼンチン・タンゴ。・・スロヴァキアのタンゴって一体??

不思議に思って聞いたその曲は、リズム、音調から間違いなくタンゴであることがわかりました。タンゴの発祥の地アルゼンチンから遠く、遠く離れた中欧の国にもタンゴが存在していたとは!(フランスやドイツ発祥のコンチネンタル・タンゴというものは存在しますが、特定の国の名前がついたタンゴは珍しいと思います。)

聞けばスロヴァキアは世界有数の音楽大国。人口僅か540万人の国ですが、フィルハーモニー管弦楽団、室内管弦楽団、放送交響楽団など、多くのオーケストラが存在します。また歴史的にオーストリア=ハンガリー帝国の名残もあり、オペラも充実。世界的に有名な民謡も存在します。日本でもおなじみの「おお牧場はみ~どり~♬」はスロヴァキア民謡ですね!

ちなみに前出のスロヴァキアのタンゴは20世紀のスロヴァキア人作曲家G.ドゥシークの作であることが判りました。

 

■関西のスロヴァキアはあの業界で国内最大手

スロヴァキアの音楽交流を支えている企業が関西に存在する――そう聞いた筆者は、さっそく取材を申し込みました。

シークス株式会社。EMS事業で世界15 位、国内最大手の企業。在大阪スロヴァキア共和国名誉領事館でもあります。EMS(Electronic Manufacturing Service)とは、電子機器の受託生産を行うサービスのこと。台湾や中国に多いというイメージが強いこの事業ですが、どうしてスロヴァキアなのでしょう?

「スロヴァキアとのご縁は40年前からです。当時ヨーロッパ各国に部品を輸出していたわけですけれども、世界的に地産地消の傾向が強くなってきて、現地で生産する必要性が出てきました。

そこでどこに工場をつくろうかと。スロヴァキアは地理的にヨーロッパ大陸の一番中心に位置し、コストも安く、真面目で勤勉なところは日本人と似ていて大変コミュニケーションがとりやすかった。そして多言語への適応能力も高い。複数の言語が行き交うヨーロッパでの経済活動において一番条件が整っていたんですね」

今回インタビューを受けてくださいましたのは、村井史郎(Murai Shiro)代表取締役会長。そして在大阪スロヴァキア共和国名誉領事でいらっしゃいます。

村井史郎 (Murai Shiro) 在大阪スロヴァキア共和国名誉領事

 

「現地のEMS事業に本格参入したのは2001年ですが、ドイツの自動車メーカーなどには、スロヴァキアで電子部品を生産して納めています。電子部品はいろいろなものに応用できますね。モバイルであったり、テレビであったり。自動車もどんどん電子化されています。そういう意味でスロヴァキアに工場を構えることは確実性と継続性があると直感しました」

スロヴァキア共和国がチェコスロヴァキアから分離独立する以前から、スロヴァキアは伸びると直感した村井名誉領事。現在東欧で本格的な電子部品組み立て工場を持っているのはシークス株式会社だけだそうです。

 

■日本の外交を足元から支える

名誉領事館となった経緯はどのようなものだったのでしょうか?

「2012年、スロヴァキア共和国の大統領が来日されました。そのタイミングに合わせて関西に訪問するということだったのですが、当時はまだ関西にスロヴァキアの拠点がなかった。そこでスロヴァキアで実績を上げていた当社に、知り合いの外交官を通して声がかかりました」

名誉領事就任のお話ですね。

「はい。しかしまだ正式に名誉領事という肩書はなかったのです。実際、名誉領事館設立までそれから2年かかった・・。ですからまだオフィシャルではないんですけれども名誉領事として大阪府庁への表敬訪問や知事主催のパーティーに同行しました。大統領が移動の際には当社の社用車を提供しましたよ(笑)」

沿道の人々は一企業の社用車に一国の大統領が乗っていたなんて夢にも思わなかったでしょうね!正式に就任する前から名誉領事業務を引き受けるなんて、大きなスロヴァキア愛を感じます!

「スロヴァキアで仕事をさせていただいたので、何かご恩返しができるのではないかと思ったのです。スロヴァキアは当社の大事なお得意様。私たちは進んでお得意様のお手伝いをさせていただく会社なんです」

いつも思うことですが、こういった企業のひとつひとつが日本の外交を足元から支えているのですね。

物腰の柔らかな紳士でいらっしゃいます。

 

■庶民感覚、でも高品質のオペラ

名誉領事館の主な活動の一つとして、スロヴァキアのオペラの公演をサポートしているそうですね。オペラと聞くとイタリアやオーストリアを連想してしまうのですが、実はスロヴァキアもオペラ大国だそうですね。

「スロヴァキア国立オペラの公演(1)は2017年より始まりまして、今年で4回目になります。これは営利のためにやるわけではありません。夜に3,500円でオペラを見せるわけですからね」

まずそのお値段にびっくりです!オペラといえば数万円はするイメージ。なぜそのような値段が可能なのですか?

「オペラの会場代やギャラは当社で負担しています。また公演当日は社員を総動員し、出演者とは前夜祭で交流をもったり、大阪の観光案内にもお連れしています。もっと彼らに大阪を知ってもらいたくて・・。こうやって彼らとの接点を増やしていくとスロヴァキア人のことがもっとわかり、日本人のことも理解してもらえる。点と点で繋がっていたものが面と面になり、立体的なものになるのですね。そして初めて文化交流が成り立つのではないかと」

名誉領事がこれまで交流してきた中で思うスロヴァキア人とはどんな人たちですか?

「とても人間味溢れていますよ。偉ぶらないし、非常にフランクで。オペラ公演の後などはロビーで自然と観客が出演者を囲んで会話をしています。観客の質問にも直に答えてくれる。

そして本番前夜の歓迎パーティーでは、声のために良くないからビールは飲まないのだろうと思っていたんですが、そんな我々の心配をよそに彼らはビールジョッキで『かんぱーい!』なんてやってますね(笑)」

プロは歌も踊りも本番の前日は飲酒は禁止!なんてよく言われますけど、実力ある人には関係ないんですね・・。今年は筆者もスロヴァキアオペラを鑑賞しに行きたいです♪

スロヴァキア国立オペラ歌手たちとの一枚

 

■禁断の果実はいらない

一般に領事館は地方との経済的な繋がりを重視すると言われていますが、シークス社がここまで音楽や文化交流に貢献する理由は何でしょうか。

「当社が行っているオペラ支援などは本来企業活動ではないんですよね。主たる目的ではない。だけどこういった活動は、主たる目的と同じくらいの意味をもった活動だと思っています」

企業は収益を最大限にしなくてもよいのですか?

「当然会社というのは営利が目的で収益が生まれなかったら企業活動というものは意味がなくなります。けれども企業が社会で果たす役割というものがあるのですね。文化交流への貢献などの奉仕活動がその大事な役割の一つと考えています。この奉仕活動を続けていくために、そして企業として存続していくために、収益活動は最低限必要なものだと」

収益は最小限に・・ですか?

「商売人でエコノミックアニマルというのが私の本当の姿なのかもしれないですけど、そっちに足を踏み入れるべきではないと。企業人として企業の成長とか収益拡大ってことにウェイトがかかりすぎちゃうと、食べてはならないリンゴの実を食べてしまう可能性があるわけですね。それは戒めねばならないと」

電子部品にいち早く目を付け、独立後間もないスロヴァキア共和国に進出。名誉領事に就任する前から領事業務と、常に変化を先取りしていらっしゃるスロヴァキア名誉領事。会社のあり方についても先取りしていらっしゃるようです。

「奉仕ができること、それを幸せだと思わなかったら本当の奉仕なんてできっこないと思うんですね。スロヴァキアとのご縁があって、名誉領事となってそのチャンスをいただいた。今、奉仕ができる幸せを感じていますね」

 

【註】

(1)スロヴァキア国立オペラは毎年 大阪公演を皮切りに全国で上演されている。2020年の公演については:http://www.siix.co.jp/corporate/slovakia/index.html

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レポート:IAC会員 古賀玲子(Koga Reiko):
米TV局に勤務後、外資系保険会社の社内通訳に転身。これまでに訪れた大使館と領事館は100ヶ国以上。現在はコーディネーターをしながら英語教育・通翻訳業に携わっている。

写真:佐比内優太(Sahinai Yuta):
神戸大学工学部4年生。普段は、ライター・カメラマン・バーテンダーとして活動。
自分の興味・関心のあることに、幅広く取り組んでいる。
Webサイト:https://www.yutas-introduction.com