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昼下がりの領事Vol.2 「カンボジア、ミステリアス」-在大阪カンボディア王国名誉領事館-

カンボジアはタイ、ベトナム、ラオスと国境を接する東南アジアの国。人口1,600万人。公用語はクメール語。2011年にはタレントの猫ひろしさんが帰化したことで話題になりました。カンボジアでは日本人と同じようにコメ料理を食べます。バーイ・サイッ・モアン(鳥ご飯)にバーイ・サイッ・チュルゥク(豚ご飯)、それに名前がとってもかわいいボッボー(おかゆ)。どんな料理か気になる方はググってみてくださいね!

さて、我々が向かったのは、大阪は梅田駅前。タピオカドリンクのお店が入る白亜のビルです。タピオカドリンクの長蛇の列に気になりながらも上階に上がると入口が二手に。左は山田不動産株式会社。右は在大阪カンボディア王国名誉領事館*。はい、迷わず右に進みましょう!

一歩足を踏み入れたその瞬間、空気がガラリと変わりました。そういえばここは治外法権。自然と背筋がのびますね!

緊張して待っていると奥から一人の紳士が・・

「在大阪カンボディア王国名誉領事の山田英男 (Yamada Hideo) です。」

――ええっ!カンボジア人じゃないの?

そうなんです。名誉領事とは、本国から領事が派遣されていない地域において、その地域在住の民間人が任命される名誉職。関西にはカンボジアから外交官が派遣されていないため、山田グループの山田英男代表がカンボジアの名誉領事を務めています。

 

 

■フン・セン首相が認めた男

日本人だからといって決して侮ることなかれ。実はこの方、カンボジアのフン・セン首相とも親交があり、カンボジアでは日本の首相よりも有名な方なのです!

そんな山田名誉領事が代表を務める山田グループ。国内の不動産・建設業の他、海外ではレストランやショッピングセンターも運営しています。

そもそもカンボジアとの繋がりは?一見カンボジアとは無関係に思えますが・・

「今から20数年前、アメリカで経営しているステーキ店でカンボジア人を雇うようになりました。カンボジアとのご縁はそこからです」

ここで少しカンボジアの歴史を紐解きます。1970年代後半のカンボジアではポル・ポト政権が恐怖政治を敷いていました【註】(1)。1979年のプノンペン陥落後、アメリカには多くのカンボジア難民が押し寄せ、難民の受け入れは1990年代の半ばまで続きました。

当時積極的にカンボジア難民を従業員として受け入れはじめた山田グループは、徐々にカンボジアの要人と繋がり、名誉領事に推薦されたそうです。

 

■無名の世界遺産を有名に

大阪の名誉領事館創設の背景にはあるミッションがあったそうですね?

「世界遺産のアンコールワットをなんとか観光資源にしたいとカンボジアから要請がありました。我々が領事館としてビザを発行すれば多くの旅行者がカンボジアを訪れることができますからね」

名誉領事館が創設された2000年代初頭、まだアンコールワットは観光地としては無名でした。そこで山田名誉領事の掛け声のもと、日本の主要都市から直行便が飛び、約4千人の観光客がカンボジアに送り込まれました。アンコールワットを訪問時、一番興味を示したのがノリのいい(♪)大阪の観光客。その後帰国した彼らがアンコールワット・ブームを巻き起こし、全国に広がっていったそうです。

「リスクをすべて引き受けてやりました。ビザの発行もボランティアでやっていますからね。ビザの発行手数料はすべて本国に送っています」

手数料の一部は山田グループに入っているだろうと思い込んでいた私は、自分の心の狭さを深く反省しました・・。名誉領事は名誉職であり基本的に無報酬。

日本の外交もこういった企業の支えがあって成り立っているのですね。

 

在大阪カンボディア王国名誉領事館の執務室

 

■あなたの知らないカンボジア

観光誘致の他、カンボジアのゴム農園開発やHIV感染孤児の支援等、カンボジアとの経済・文化交流に尽力されてきた山田名誉領事ですが、今のカンボジアをどのようにご覧になっているのでしょう?

「日本人はカンボジアを勘違いしていますね。プノンペンに行くと高級車が走っていたり、高層ビルが立ち並んでいたりしてとても途上国には見えませんよ。ODAの供与もあり、10~20メートルごとに信号があったりしますがね」

その一方で地方に行くとゴミ山をあさって暮らす人もいるという・・。今 現地ではODAのあり方が問われています。

「カンボジア人はのんびりしている。高い山はないし、気候も温暖ですからね。二階からコメを撒けば勝手に育つ・・・だから計画生産なんてこともしない。あくせくしない」

う~ん、気候からしてとっても穏やかな国民性であることは容易に想像できます。

「かつて内戦が終わって、軍隊が解隊するでしょ。そしたら、お金がないから、退職金の代わりにロケット砲やら、ピストルやら、地雷やらをもらったりしていたのですよ」

もしかして現物支給ですか?!それはまたスケールが違いますね。

「でも不思議なことに、それで殺人事件とか起こったことないんですよ」

・・それほどまでに穏やかなカンボジアの人々。そんなカンボジアでなぜあれほど残虐で残忍なポル・ポト政権が誕生してしまったのでしょう?

「そもそもポル・ポトは原始共産主義で国を良くしようと思った。だけど極端に走ってしまった。知識人を排除しようとしたんだね。普段は気が長い人はね、ほんとに怒りだすと怖い。のんびりとした人を怒らせると大変怖いのですよ。歯止めがきかなくなるから」

・・・要するに怒りの沸点が高いのですね。カンボジア、かなりミステリアスな国です。

 

■政治家も欲しがる調査報告書

「みなさんには現実を見てほしい。これは視察に行った学生が書いた調査レポートです」

・・と言って取り出されたのはカンボジア調査報告書。カンボジアを視察した日本の大学生が書き上げたレポートです。毎年全国から数十名の学生がカンボジアのスタディーツアーに参加し、在大阪カンボディア王国名誉領事館はこれを支援しています。【註】(2)

いやもう、その中身がこれ、すごいのなんのって。最新のカンボジア事情が記載されています。もちろん裏事情も・・。

「政府が行う調査のようにお金のかかる調査ではなく、本当の調査を彼らがしてくれるんですよ。現地の国民に分け入って生活するからこそ知りえる内容です」

・・聞けば、これは政治家も垂涎の調査報告書なのだとか。そうでしょう、そうでしょう!!

気になるその具体的な内容は・・残念ながらここではお伝えできません!

 

■名誉領事館にいるナゾの人物

さきほどから名誉領事の横でじっとインタビューの様子を見守るナゾの人物--

 

在大阪カンボディア王国名誉領事(左)と領事館長(右)

 

実はこの方、ビザの発行や事務など領事業務のほとんどを任されている領事館長さんだそうです。

― ん? 領事館長? 領事館に館長さんがいるというのはあまり聞いたことがないですが、領事館長はどういう位置付けなのでしょうか?

「僕は国内外問わず多くの会社を運営していて忙しい。だから領事業務はほとんど館長に任せているんですよ。国王やフン・セン首相などの要人が出てくるときは僕が出ていきます。でないと相手が許してくれないからね」

なるほど。お二人は表裏一体でお仕事されているんですね。

「関西で僕が一番長く領事をやっていて・・。20年ですから。(公の場に出ていくと)煙たがられるんですよ(笑)」

いえいえ、「煙たがられる」というのはほんの建前。本音は若い人に信頼して業務を任せ、次の世代を育てようとされているんですね。それは名誉領事のお言葉にもはっきりと表れていました。

「僕の役目はカンボジアを変えてやろうという若者を育てること。カンボジアと日本が双方良くなるように変えてくれる若者をね」

 

 

【註】(1)1975年~1979年カンボジアで政権についた独裁者ポル・ポト(社会主義政党クメールルージュ)が階級のない社会を目指し、知識人、富裕層、宗教指導者を中心に大虐殺を行った。後に障害者や高齢者などの社会的弱者も標的になり、最終的に200万人、当時のカンボジア国民の20 ~25 %が命を落としたとされる。

(2)一般社団法人日本アジア新興財団(JAPF)が2007年より学生をベトナムとカンボジアに派遣しているインターンシップ事業。

*カンボジアの表記について:在大阪カンボディア王国名誉領事館では現地により近い発音である「カンボディア」を採用しています。

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レポート:IAC会員 古賀玲子(Koga Reiko):
米TV局に勤務後、外資系保険会社の社内通訳に転身。現在はコーディネーターをしながらフリーで通訳・翻訳業を続けている。海外の文化・踊りに関心が強く、特にアルゼンチンタンゴは現地の選手権に出るほど一時ハマっていた。

写真:佐比内優太(Sahinai Yuta):
神戸大学工学部4年生。普段は、ライター・カメラマン・バーテンダーとして活動。
自分の興味・関心のあることに、幅広く取り組んでいる。
Webサイト:https://www.yutas-introduction.com